「これまで大丈夫」から「もしもに備える」へ
本日、9月1日は「防災の日」です。
1923年の関東大震災、そして5,000人を超える死者・行方不明者を出した1959年の伊勢湾台風などの教訓を背景に、1960年に「防災の日」が制定されました。翌1961年には「災害対策基本法」が制定され、現在の日本の防災体制の基礎がつくられました。
その後も日本は多くの災害を経験し、防災の考え方も、災害を完全に「防ぐ」だけではなく、被害をできるだけ小さくする「減災」へと広がっています。
先月も、千葉県や北陸地方で記録的な大雨が発生しました。千葉市では1日で351ミリ、富山県氷見市では24時間で362ミリという猛烈な雨を観測しています。
こうした災害を見るたびに、
「これまで大丈夫だったから、これからも大丈夫」とは限らない。
ということを改めて感じます。
「これまで大丈夫」だからこそ、今考えたいこと
先日、約50名の牛久市民の方々とお話しする機会があり、
「牛久市は災害に対して安全な地域だと思いますか?」
とお尋ねしたところ、ほぼ全員の方が「安全だと思う」と回答されました。
確かに、これまで大きな災害による被害が比較的少なかったこともあり、牛久市を「安心して暮らせる地域」と感じている方は多いのだと思います。
その一方で、どの地域にもそれぞれの災害リスクがあります。牛久市にも洪水浸水想定区域や土砂災害警戒区域があり、2026年6月に市が公表した「内水ハザードマップ」では、大雨によって下水道や水路などの排水能力を超えた場合、河川から離れた場所でも浸水が発生する可能性があることが示されています。
近年、各地で記録的な大雨が相次いでいることを考えると、比較的災害が少なかった牛久市だからこそ、日頃から「もしもの時」を考えておくことも大切です。
これまでの安心を、これからの安心につなげるために備える。
そんな意識を皆さんと共有していければと思います。
色麻町とのつながりも「防災」の一つ
先月、牛久市の親善友好都市である宮城県色麻町を訪れました。
牛久市と色麻町は「河童」を縁に交流が始まり、1988年に親善友好都市となりました。以来、色麻町の皆さんには毎年「うしくかっぱ祭り」にも参加いただくなど、長年にわたって交流を重ねています。
また、2000年には、災害時に物資の提供や職員の派遣などを相互に行う「災害時等の相互応援に関する協定」を締結しました。
このつながりが実際の支援につながったのが、2011年の東日本大震災です。震災発生から3日後の3月14日、色麻町からの支援要請を受け、翌15日には牛久市から支援物資を積んだ第1便、第2便が色麻町へ向けて出発しました。
普段から交流を重ね、いざというときには助け合う。
毎年の「うしくかっぱ祭り」をはじめとした交流も、単なるイベントにとどまらず、自治体同士の信頼関係を築く大切な機会なのだと思います。
今回、色麻町を訪れ、こうした「顔の見える関係」を平時から築いておくことも、防災の大切な備えの一つなのだと改めて感じました。

今日の「防災の日」を機会に、お住まいの地域のハザードマップや、ご家庭の備蓄品を一度確認してみてはいかがでしょうか。
ご家族で「もしもの時」について話し合うこと。それも立派な防災の一つです。



